~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より
唱える:マントラとジャパ
マントラとは繰り返し唱えるための神聖な言葉だ。一音節のときもあれば、一語、数語、あるいは一文のときもある。そしてマントラを何度も繰り返して唱えることをジャパと云う。マントラは神の一側面を現したもので、一つ一つに特別な意味があり、内的な力を持っている。
マインドが落ち着かず自分なりの深い瞑想に入っていけないそんな時は、マントラを使ってみる良いチャンスだ。
〈スープリーム〉、〈オーム〉、〈神様〉などと云うマントラを何分間か唱えてみてごらん。また、感情的なバイタルの領域が攻撃を受けて、悪い考えや悪いエネルギーの振動が入ってきてしまっている時も、〈オーム〉や「スープリーム〉等のマントラを唱えるのは効果的だ。その場合はなるべく早いスピードで唱えること!
既にマインドにある不純なものを浄化したいのなら、動き出した電車に追いつこうとして走っているかのように、急いで唱えなくてはならない。
しかし普段のジャパの場合は、普通のスピードで魂からマントラを唱えるようにすること。また、その際あまり音を伸ばし過ぎてはいけない。あまり長く伸ばすと、少なくとも五百回あるいは六百回と唱える必要があるのに、その時間が足りなくなってしまうからだ。
内なる音
瞑想中に、自分では声に出して唱えてはいない。また供に部屋にいる誰も口に出して唱えていないにもかかわらず、〈オーム〉と云う音が聞こえる時がある。これは内的に誰かが〈オーム〉と唱えたか、今唱えているところだと云うことなのだ。そして瞑想の部屋がその音を失わずにとっておいてくれたからなのだ。
マントラは、運転中や道を歩いている時、あるいは地下鉄やバス停等の公共の場所にいる時でも出来る。道を歩きながら心の中で唱えるのは現実逃避ではなく、アスピレーションのない世間から自分を守ろうとしているだけなのだ。それは、内的な強さと内的な受容力を増やしてくれる。やがて内的に強くなれば、もうマントラは必要じゃない。どこへ行っても、気持ちを乱されることはない。
スピリチュアルな鍛錬にはどのやり方にも、必然の分かち難い翼がニつあるそれは、徹底した忍耐強さと固い決心公共の場所でも高い意識を保とうとしたり、心の奥深くに潜って平安を前面に持ってくるのは難しいかも知れない。しかし、たとえ外的世界の騒音やせわしさに囲まれていたとしても、それよりさらに大きな音を簡単に前面に持ってくることが出来る。このさらに大きな音と云うのは、破壊的なものではなく、揺るぎないパワーを持つ音なのだ。それはあなたが、どれだけ素晴らしく神聖になる可能性をもっているかを感じさせてくれる。もしハートから来る、神聖な内なる音を前面に持ってくることが出来れば、またはその内なる音に自分が入っていくことが出来れば、世の中の外的な音など比べ物にならないと云うことが分かるだろう? ついさっきまで気になっていた音が、もう気にならないことに驚くはずだ。それどころか、騒音ではなく自分の内的存在が奏でる聖なる音楽を聴ける、と云う一種の達成感を感じることも出来るのだ。
〈オーム〉の真髄
〈オーム〉は一つの音であり、分割することが出来ない。これは〈スープリーム〉の振動であり、また〈オーム〉は宇宙の音の種である。この音により、神はその創造物の最 初の振動を創り出した。
マントラの中で最も力に満ち溢れたものが〈オーム〉なのだ。〈オーム〉はすべてのマントラの母だ。
〈オーム〉の中で神は自らを毎秒毎秒新しいものにしていく。
〈オーム〉には生も死もない。
かつて〈オーム〉だけが存在し、今も存在し、そして永遠に存在し続けて行く。
〈オーム〉はサンスクリット語で一文字だが、それを英語のアルファベット三文字で表すこともある。しかし発音する時は一つの音節として発音される。〈Aum〉と云う音節はこれ以上分かつことが出来ない。と同時に各部分が〈スープリーム〉の違った側面を表している。〈A〉の部分は創造主としての神の意識を現している。〈U〉の部分は維持する存在としての神の意識を現している。〈M〉は変革者としての神の意識を現している。
全てが合わさった〈Aum〉は、自然に湧き上がる宇宙のリズムであり、神はこれで宇宙を抱擁するのだ。〈Aum〉の音は独特だ。一般的には、二つのものがぶつかり合った時に音が生じるものだ。しかし〈Aum〉にはそのような動きは必要ない。アナハタといって、ぶつかり合っていない、音なき音なのだ。ヨギ、またはスピリチュアル・マスターはハートの一番奥で自然に湧きあがる〈Aum〉を聞くことが出来る。
〈Aum〉を唱える方法は数多くある。大声で唱えれば全能のスープリームを感じ、静かに唱えれば〈スープリーム〉の歓喜を感じることが出来る。また声に出さずに唱えれば、〈スープリーム〉の平安を感じることが出来る。
〈スープリーム〉によって生み出された宇宙の〈Aum〉は無限の海だ。人が唱える個々の〈Aum〉 はその大海の一雫なのだ。しかしその一雫を大海から切り離すことは出来ないし、それは無限の海を完全に自のものとすることが出来る。人が〈Aum〉を唱えるとき、至高の〈音〉の宇宙の振動触れ、それを呼び起こすことが出来る。
〈Aum〉は声に出して唱えるのが最も良い。その音が実際耳の中でも響き、体中に広がってゆくからだ。これで外的なマインドは納得し、あなたはより素晴らしい喜びと達成感を得ることが出来る。声に出して唱える場合、〈M〉の音は少なくとも〈AU〉の三倍長く云うように。
その人がどれだけ深刻な間違いをおかそうと、心の奥底から〈Aum〉を何回も唱えれば、全能の〈スープリーム〉の慈悲の御心は許してくださる。〈Aum〉の力で瞬く間に闇は光明に、無明は知識に、死は不滅に変革されるのだ。
〈Aum〉には無限の力があり、ただ〈Aum〉を繰り返すだけで神を悟ることが可能だ。神が持つものすべて、そして神の存在すべてを、内的にも外的にも、〈Aum〉 は与えることが出来る。〈Aum〉は神の命であり、体であり、と同時に息吹でもあるからなのだよ。
~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より
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